コラム 2026-10-04
プロテニス選手の遠征費って、いくら?年30大会で試算

稼ぐ前に、まず払う。プロテニス選手の1年は、賞金を手にするより先に大きな出費が待っています。日本から年30大会に出ると仮定して、ランキングの違う3人の選手で遠征費を試算しました。数字は一定の前提を置いた計算で、特定の選手の実際の支出ではありません。
試算の前提は「日本から、年30大会」
テニスの下部ツアーは、だいたい1週間に1大会です。日曜に予選が始まり、次の日曜の決勝で終わります。そこで、3週間で3大会に出て日本に帰る遠征を1年に10回と考えました。行き先の内訳はアジア4回、アメリカ2回、ヨーロッパ2回、オーストラリア2回です。
比べるのは3人の選手です。Aは世界870位前後(ATP30点)で、ITFのM15・M25といったフューチャーズが主戦場。Bは470位前後(100点)でチャレンジャーに出る選手。Cは230位前後(250点)で、グランドスラムの予選にも入れる選手です。点数と順位は2026年10月5日付のATPランキングを目安にしています。
共通の前提として、ガットは週10本で1本2,000円、体のケアは30分3,000円を週2回としました。
ヨーロッパ3週間、フューチャーズなら約95万円
まずはAの選手がヨーロッパを3週間回る場合です。飛行機は日本との往復に大会間の移動2回を足して約37万円。フューチャーズはほとんどの大会でホテルが出ないため、21泊すべてが自腹で約30万円かかります。食事は1日45ユーロとして約17万円です。
ここにガット約6万円、練習用のボール約1万円(週3缶×1,500円)、エントリー費(1大会40ドル×3大会)約2万円、ケア約2万円、洗濯約1万円が加わります。洗濯は手洗いで済ませる日もある、という前提です。合計は約95万円。フューチャーズの大会では、練習球は使い古しのものか、新品でも最初の1回だけ。だから練習用のボールも自分で買う必要があります。たった3週間で、この金額が出ていきます。
チャレンジャーはホテルが出る。ただし負けた日の夜まで
同じヨーロッパ3週間でも、Bのようにチャレンジャーに出られると事情が変わります。ホテルを大会が用意してくれるからです。ただし、それは負けた日の夜まで。予選で負ければ、その翌日からは自腹に戻ります。
予選が中心の選手として、1週間のうち平均3泊を大会持ちと計算すると、自腹は21泊中12泊。ホテル代は約30万円から約17万円に下がります。大会持ちの夜は朝食もつくので、食事代も約17万円から約15万円に。練習球は毎日新品が無料で出て、エントリー費もかかりません。飛行機・ガットなどは同じ約46万円で、合計は約78万円になります。
チャレンジャー本戦レベルなら、3週間で約64万円
Cは、ATPポイント250点前後、世界230位前後の選手です。このあたりまで来ると、チャレンジャーの本戦に入れるようになり、グランドスラムの予選にも出られます。
同じヨーロッパ3週間で比べると、大きく変わるのはホテル代です。チャレンジャーの本戦は、ホテルが最低5泊出ます。勝ち上がればその分だけ延びます。1週間のうち6泊を大会持ちとすると、21泊のうち自腹は3泊。ホテル代は30万円から約4万円まで下がります。朝食がつく日も増えるので食事代は約14万円。ボール代とエントリー費はかからず、飛行機・ガットなどの約46万円は同じなので、合計は約64万円です。
大会から何が出るか。フューチャーズとチャレンジャーの違い
BとCの遠征が安くなるのは、ホテルだけが理由ではありません。ATPとITFの2026年の規則で、大会が選手に用意しなければならないもの(最低ライン)を比べてみます。
ホテルは、チャレンジャーでは全大会で1人1部屋(ベッド2台)が出て、朝食もつきます。予選の選手は負けた日の夜まで、本戦の選手は最低5泊(土曜〜水曜)か最後の試合の夜までです。フューチャーズ(ITFのM15・M25)では、ホテルが出るのは「+H」がついた一部の大会だけ。それも他の選手との相部屋で、本戦の選手に3〜7泊です。
食事は、チャレンジャー100では朝食に加えて昼か夜の食事が1日1回、チャレンジャー125・175ではさらに多く出ます。チャレンジャー50・75はホテルの朝食だけです。フューチャーズでは無料の食事の決まりはなく、会場の売店は有料で構いません。
差が大きいのはボールです。チャレンジャーは大会の2日前から負けるまで、毎日新品の練習球が無料で出ます(チャレンジャー50・75は3球、100以上は6球)。フューチャーズのM15は使用済みの3球、M25でも新品の3球は最初の試合の前の1回だけで、あとは1回使った3球です。新しいボールで練習したければ、自分で買うしかありません。試合球もチャレンジャーは6球、フューチャーズは4球です。
ほかにも、エントリー費はチャレンジャーが無料、フューチャーズは最大40ドル。洗濯はチャレンジャー125・175で週1回無料です。フィジオの治療とホテル〜会場の送迎は、どちらも無料です。
この試算では、B・Cの大会をチャレンジャー75と考え、大会持ちの夜の翌朝の朝食分(1日の食事代の2割)だけを引いています。チャレンジャー100以上に出れば、食事代はさらに下がります。
1年間では840万円、670万円、540万円
これを1年分に広げると、Aが約840万円、Bが約670万円、Cが約540万円です。飛行機代は3人とも約286万円で変わりません。いちばんの差はホテル代で、約282万円、約161万円、約40万円と、レベルが上がるほど大きく減ります。食事も朝食が出る分だけ約146万円、約133万円、約121万円と下がり、Aには練習用のボール代(約14万円)もかかります。
Cの選手はチャレンジャーの本戦に入れるので、最低5泊はホテルが出ます。自腹の宿がぐっと減るわけです。上のレベルに上がるほど、遠征は安くなる。強い選手ほどお金がかからない、という少し皮肉な構造が見えてきます。
賞金と比べると、プラスになるのはCだけ
遠征費を賞金と比べてみます。Aは賞金が約170万円で、差し引き約670万円のマイナス。M15とM25に15大会ずつ出て、準優勝1回、ベスト4が2回、ベスト8が4回、2回戦負け7回、1回戦負け10回、予選負け6回という想定です。ITFの予選は賞金が出ません。
Bは賞金約420万円で、約260万円のマイナス。チャレンジャー75の賞金で30大会、ベスト8が2回、2回戦負け4回、本戦1回戦負け6回、予選決勝負け8回、予選1回戦負け10回としました。
Cは賞金約2,750万円で、約2,210万円のプラスです。グランドスラム予選4大会はすべて1回戦負け、残り26大会はチャレンジャー本戦(準優勝1回、ベスト4が2回、ベスト8が5回、2回戦負け8回、1回戦負け10回)という想定です。いずれも税金とコーチ代は入れていません。
Cの数字を押し上げているのは、グランドスラムの予選です。4大会とも予選1回戦で負けたとしても、賞金の合計は約1,800万円。全豪が約450万円、全仏が約420万円、ウィンブルドンが約420万円、全米が約510万円です。
4大会すべて初戦で負けても、Aの選手の年間賞金(約170万円)の10倍を超えます。世界230位前後という位置が、収支の分かれ目になっていることがわかります。
飛行機は、負けるまで取れない
遠征費を押し上げる理由のひとつが、航空券の買い方です。次の大会への便は、今の大会が終わってから買うしかありません。勝ち進めば日程が変わるからです。
3週間の遠征なら大会間の移動は2回。直前に買う片道が1年で20回になり、この試算では約96万円かかります。直前の購入は早めに買うより2〜6割高いという調査もあります。勝つほど予定が読めなくなるのは、選手ならではの悩みです。
円安が、重い
ホテルも食事も、支払いはドルやユーロです。2021年は1ドル110円でしたが、2026年10月は158円。ユーロは130円から177円、豪ドルは82.5円から111円になりました。
Aの年間遠征費を2021年の為替で計算し直すと約680万円。今は約840万円なので、同じ大会に出ても150万円以上多くかかります。Bでも約113万円、Cでも約75万円の差です。なお航空券は、どちらも今の円の値段のまま計算しています。
コーチをつけると、ほぼ倍に
コーチが同行する場合も試算しました。日当を仮に2万円とすると、30大会分の210日で420万円。コーチの飛行機と食事が約432万円で、ホテルは同じ部屋に泊まる計算です。増える分は合計約850万円になります。
コーチ付きの1年間は、Aが約1,690万円、Bが約1,520万円、Cが約1,390万円。AとBは遠征費がほぼ倍になります。日当2万円は仮の金額で、コーチや契約の形によって大きく変わります。
計算に入れていないお金も、まだある
ここまでの数字には含めていない出費も少なくありません。遠征に関わるものだけでも、次のようなものがあります。
- 渡航の手続き(ESTA40ドル、英国ETA20ポンドなど)
- 海外旅行保険(ケガをしたときの頼り)
- ラケットバッグの超過料金(航空会社しだい)
- 空港と会場の移動(タクシー・レンタカー)
- 賞金にかかる税金(国によっては大会で天引き)
日頃かかるお金と、遠征費の出どころ
遠征以外にも、シューズやラケット、ウェアは契約がなければ自分で買います。日本にいる間も練習のコート代や練習相手、ジムやトレーナー、治療といった体のケアにお金がかかり、家賃や食費などふだんの生活費もあります。
では、この遠征費はどこから出ているのでしょうか。まずはスポンサー費ですが、金額は選手によってバラバラで、遠征費に届かない選手がたくさんいます。海外の賞金で埋める選手は、勝ち続けないと次の遠征に行けません。国内大会やUTRの大会の賞金を貯めて海外へ向かう選手もいます。そして、出たい大会をあきらめる選手もいます。
稼ぐ前に、まず払う
M15で優勝しても、賞金は2,160ドル(約34万円)です。3週間のアジア遠征1回分にも届かないことがあります。
それでも選手は、次の大会へ飛びます。下部ツアーの試合結果を見るとき、その1勝の裏にこれだけのお金が動いていることを思い出してもらえると、観戦の見え方が少し変わるはずです。
※数字はすべて試算です。前提は、日本拠点・年30大会(3週間の遠征×10回)、ガット週10本×1本2,000円、ケア30分3,000円を週2回、コーチ日当2万円(仮の金額)。
※為替は1ドル=158円、1ユーロ=177円、1豪ドル=111円(2026年10月13日終値)。2021年との比較は2021年平均(1ドル110円、1ユーロ130円、1豪ドル82.5円)で、航空券は今の円の値段のまま計算。
※フューチャーズは、ほとんどの大会でホテルが出ない前提。チャレンジャーは予選中心の選手として1週間のうち平均3泊を大会持ちで計算。
※賞金は2026年の賞金表をもとに計算し、税金・コーチ代は入れていない。グランドスラム予選1回戦の賞金は今の為替で円にしたもの。
※ランキングと点数は2026年10月5日付のATPランキングを目安にしたもの。フューチャーズはITFのM15・M25を指す。
※直前購入の割高さ(2〜6割)は、Egencia・Adobeなどの調査による。
出典・参考
- 為替レート(poundsterlinglive.com、2026年10月13日終値・2021年平均)
- 航空券の価格(JAL・大韓航空サイトの最安表示)
- ATP 2026 Rulebook 1.21C(ホテル)・6.03(ボール)・6.16(洗濯)・6.18(食事)・7.01(エントリー費)
- ITF 2026 World Tennis Tour Regulations III.B(+Hのホテル)・III.F(ボール)・IV.G(エントリー費)
- ITF 2026 World Tennis Tour Organisational Requirements(売店・送迎・ストリンギング)
- ITF 2026 World Tennis Tour Regulations(エントリー費上限40ドル)・IPIN FAQ
- グランドスラム予選1回戦の賞金(全豪A$40,500・全仏€24,000・ウィンブルドン£20,000・全米$32,000)
- ESTA・英国ETA・豪州ETA・ETIASの申請料
- 直前購入の価格に関する調査(Egencia/Concur・Adobe)
- ATPランキング(2026年10月5日付)
